札幌弁護士青野渉が交通事故被害について、詳しく解説します。
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交通事故被害
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論文
逸失利益の現在価値算定方式について
逸失利益とは
 交通事故に遭って怪我をしたり、死亡した場合、加害者に損害賠償を請求することができます。日本の裁判では、「損害」というのは、「治療費」「病院へ行くための交通費」「会社を休んだために給料がもらえなかった損害(休業損害)」といった個々の項目を積み上げていく方式をとります。
 そして、損害のうち、通常、最も大きな金額になるのは「逸失利益」です。
 「逸失利益(いしつりえき)」というのは、あまり聞きなれない言葉ですが、簡単にいえば「事故のために失われた将来の所得」のことです。
 例えば、1993年に、Aさん(35歳)が、交通事故のために脊髄損傷によって両手・両足が動かなくなってしまい、寝たきりの生活になってしまったとします。Aさんは、事故前は建設会社に勤務しており、年収550万円程度だったのですが、事故後は仕事ができなくなり、会社を辞めざるを得なくなりました。そのため、事故後は全く収入がなくなってしまったのです。こういう場合、Aさんが将来得られたはずの所得が無くなったこと(将来の所得の喪失)を、事故によって被った損害の一つであると考えます。これが「逸失利益」です。
逸失利益の計算方法
 皆さんは、具体的に、Aさんの逸失利益はいくらになると思いますか?
 日本の裁判所では、次のように考えます。
 まず、裁判所は、一般的に、67歳までの間、就労ができると考えます。したがって、事故がなければ、Aさんは、あと32年間は仕事ができたと考えます。
 そうすると、
      550万円 × 32年 = 1億7600万円
が逸失利益になりそうです。
 ところが、実は違うのです。
 裁判所の計算は、次のようになります。
      550万円 × 15.8027 = 8691万4850円
です。
 「×32」ではなく、半分以下の「×15.8027」になるのです。
 何故でしょうか?
 将来もらえるはずの給与を、事故時点で一括して賠償してもらうということは、「早くもらえる」ことになります。例えば、Aさんが2007年にもらうはずだった550万円を、1993年の時点でもらうということは、Aさんは、2007年までの15年間、この550万円を利殖することができます。つまり、15年分の利息を「貰い過ぎ」ということになるわけです。そこで、裁判所は、逸失利益を計算するときに、この期間の利息部分をあらかじめ差し引いて、将来の年収の現在価値を算定するのです。これを「中間利息控除」といいます。問題は、中間利息控除をする場合の利率なのですが、裁判所は「5%1年複利」で増えることを前提に計算します。5%1年複利というのは、次のような利殖のことを言います。
 100万円の元本を5%1年複利で利殖する場合、1年後に105万円になります。
      (計算) 1,000,000円×1.05 =1,050,000円
2年後には、110万2500円になります。
      (計算) 1,050,000円×1.05 = 1,102,500円
3年後には、115万7625円になります。
      (計算) 1,102,500円×1.05 = 1,157,625円
 このような「5%1年複利」を前提に逆算するのが「中間利息控除」です。
 例えば、Aさんは、550万円の年収がありますが、1993年分を事故時点で貰うことになると、1年分の利息部分を差し引いて、523万8095円になります。
 要するに、
      5,238,095円×1.05 = 5,500,000円
になるからです。つまり、「523万円を1年間持っていれば、利息がついて550万円になる」というのが裁判所の考え方です。
 1994年分については、2年分の利息を引くので、約498万円になります。1995年分については、3年分の利息を引くので、約475万円になります。このように計算して、例えば、2007年分の逸失利益については、15年分の利息を引くので約264万円になってしまいます。264万円を5%複利で運用すると、15年後には550万円になるのです。
 しかし、この考え方はおかしいと思いませんか?
 現在は、銀行の定期預金に預けても、年利1%未満の金利です。しかも、それが10年以上続いているのです。にもかかわらず、裁判所は、5%複利で差し引くというルールを採用しています(このやり方を業界では「ライプニッツ方式」と呼んでいます。)。
 民法には、確かに「5%」という民事法定利率が決められています(この法律は明治時代にできた法律であり、100年改正されていません。)。しかし、民法自体には「逸失利益の算定の場合に民事法定利率で中間利息を控除する」という規定はないのです。したがって、本来は、実勢金利を参考にして控除率を決めてもいいのです。
最高裁平成17年6月14日判決
 実は、この問題については、平成8年頃から指摘されはじめ、地裁・高裁レベルでは、5%を見直す判決(2〜4%で計算する判決)も見られました。その嚆矢となったのは、神戸大学名誉教授の二木先生の書いた「交通死」という本です。
 しかし、残念ながら、最高裁は、平成17年6月14日判決で、中間利息控除率は民事法定利率によらなければならない、との初判断を示し、この問題は終息してしまいました。
単利方式(ホフマン方式)
 このように最高裁は「5%絶対」という判決を出してしまったわけです。
 しかし、2007年12月現在、10年ものの国債の金利でさえ0.85%、銀行の大口定期預金の金利で0.4%程度なのです。ですから、5%複利で控除するというのは、どう考えても「控除しすぎ」なのです。
 そこで、5%が動かせないのであれば、せめて単利で計算しなければ、被害者の受け取る逸失利益はあまりにも低額になってしまうと考えております。単利で計算すると、Aさんのケースでは、15.8027ではなく、18.8061になりますので、多少は改善されます。この単利方式での計算を「ホフマン方式」といいます。
 これでも、5%という点は変わりませんので、「控除しすぎ」だとは思いますが、平成17年の最高裁判決を前提にすると、現在、被害者が主張できる最大限の主張はホフマン方式しかないといえます。最高裁判所は、ホフマン方式による算定については認めておりますので(実は、昭和40年代まではホフマン方式のほうが主流でした。)、この方式を採用することは法的には何ら問題ありません。
 私自身は、現在、個々の裁判でホフマン方式を主張することが多いのですが、その根拠は、以下のような点です(一般の方には、わかりにくいかもしれませんが、参考までに要旨を記載しておきます。)。
(1) 結果の妥当性
 既に指摘してきたように、ライプニッツ方式による逸失利益の計算は、あまりにも被害者に不利であり、真実の損害とかけ離れてしまうことになる。裁判で最も重要なことは結果の妥当性であるから、控除方法の見直しは当然である。
(2) ライプニッツ方式と現代社会
 昭和40年代まで主流だったホフマン方式が、ライプニッツ方式にとってかわったのは、「社会における利殖の実態が1年複利である。」という点であった。確かに、当時は、定期預金なども5%1年複利で十分に運用できたから、ライプニッツ方式の根拠には説得力があった。
 しかし、現在はどうか?
 ライプニッツ方式採用の根拠となった「社会における利殖の実態」をみると、国債でさえも、10年もので0.85%の単利であるから、5%複利のライプニッツ方式が「社会における利殖の実態」に合致しているとは到底いえないであろう。
 また、昭和40年代は高度経済成長期であり、当時は、事故前の昇給実績から、比較的簡単に5〜7%程度の将来の“昇給加算”が肯定されていた。昇給加算というのは、複利方式で収入が増えていくという計算をするので、当時の裁判官には「簡単に昇給加算が認められる一方で、中間利息を単利で控除するのはおかしい。」という感覚があったと思われる。しかし、現代社会では、厚生労働省の賃金センサスの値は、マイナスか横ばいであり、「昇給加算」などということは立証できず、中間利息控除率だけが高率のまま一人歩きしているのである。
(3) 法令との整合性
 最判平成17年6月14日は「5%」の根拠として、破産法や民事執行法の中間利息控除規定を引用し、これらとの整合性を問題にしている。実は、これらの法令での中間利息控除は単利(ホフマン方式)であり、昭和40年代には、まさしくホフマン論者が破産法を自説の根拠にしていた。
 したがって、最高裁が指摘する破産法や民事執行法との整合性を考慮するのであれば、むしろホフマン方式が適切ということになる。
 また、民法自体も、原則として単利による利殖を前提としており、複利は例外的な場合に認めているにすぎない。
 そうすると、法令との整合性という面ではホフマン方式のほうが優れているといえる。
 こうした点からすれば、私自身としては、実際の金利とかけ離れた「5%」を採用する以上、せめて控除方式は、単利のホフマン式にしないと、あまりにも被害者に酷だと考えています。
 とはいえ、現在の裁判官は、ほぼ全員が「ライプニッツ方式」で計算していますので、「ホフマン方式」を認めてもらうことは、不可能に近いというのが現状です。これは、平成11年に、東京地裁・大阪地裁・名古屋地裁の交通部の裁判官が「共同提言」という形でライプニッツ方式の採用を宣言してしまったことが原因の一つです。「共同提言」というのは、個々の裁判官を拘束するものではないのですが、事実上、影響は絶大で、地裁の裁判官でこれを無視して判決を書くのは相当困難だと思います。
 他方、最近、大阪地裁交通部の裁判官が、「個人的見解」としながら、判例タイムズという業界雑誌に「現代においてはホフマン方式を採用するべき」という論文を掲載したり、福岡高裁で平成17年に、ホフマン方式を採用する判決(平成17年8月9日判タ1209号211頁)が出たり、といった動きもあります。札幌高裁でも、平成20年4月18日判決(自保ジャ1739号)で、ホフマン方式を採用しましたし、その上告審である平成22年1月26日(自保ジャ1819号)はホフマン方式による算定を肯定しています。ですから、決して悲観すべき状況ではないと思っておりますので、私個人としては、ホフマン方式での主張を続けております。
 私自身の見解をまとめた書面と、その書面で使用している証拠をPDFで掲載していますので、参考にしてください。
     ホフマン方式の準備書面<Wordファイル(998KB)>
     ホフマン方式の準備書面添付別表<PDFファイル(148KB)>
     報告書(実質金利に関する統計資料の整理)<PDFファイル(1.7MB)>
     証拠説明書<PDFファイル(266KB)>
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 このページは2010年6月26日に更新しました。内容に誤りがないように留意しておりますが、万一、誤りにお気づきの方は、こちらにメールしていただければ幸いです。
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